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東京地方裁判所 昭和48年(ヨ)3382号 決定

東京都渋谷区恵比寿西一丁目八番一号

債権者

渡辺於莵吉

〈外三名〉

右債権者ら訴訟代理人

五十嵐敬喜

東京都渋谷区恵比寿西一丁目八番二号

債務者

伊藤茂

〈外三名〉

右債務者ら訴訟代理人

佐藤正三

右当事者間の昭和四八年(ヨ)第三三八二号不動産仮処分申請事件について、当裁判所は債権者渡辺於莵吉、同斉木桜子に対し債務者らのため共同して金五〇〇万円の保証を立てさせたうえ、次のとおり決定する。

主文

債務者らは、別紙物件目録記載土地のうち債権者渡辺於莵吉所有家屋の外壁及び塀から1.5メートル以内の部分において地上三階以上の建築物を築造してはならない。

債権者鈴木一成、同近藤とみの申請を却下する。

理由

一本件疎明資料によれば、債務者らが別紙目録記載土地上に計画どおりの建物を築造した場合において債権者らの蒙るべき日照等の阻害による被害は、ほぼ債権者らの主張どおりであることが一応認められる。

二然しながら疎明資料によると、本件土地は商業地域第五種容積地区指定地域内にあり、既に周辺には高層建物がかなり多く建築されていること、債権者らの居住家屋はいずれも店舗との併用住宅であり、居住部分の日照を最優先的に考慮した構造になつていないこと、債務者らの建築予定地には以前木造二階建の家屋があり、そのため債権者らの住居は既に日照等の阻害を受けている状況であつたことが一応認められるので、右のような地域環境、旧建物存在時の状況等に照らし勘案すれば、債務者らの本件建物建築による債権者近藤の居住部分の開口部における日照阻害(日影部分が半分以上)が、冬至にあつて午後二時二〇分頃以降、同鈴木の同部分(三階)においては午後一時頃以降であること等からして債権者近藤、鈴木の右のような被害は受忍限度内のものといわざるを得ない。

三而して他方債権者斉木居住部分の日照開口部においては、その家屋の構造上冬至で午前一〇時頃より日照を受けるのであるが、同一〇時三〇分頃には本件建物による日影に入り始め、一二時三〇分頃には完全日影となり以後日照を回復することなく、また債権者渡辺方においては冬至の午前九時頃より午後二時頃までその建物全部が債務者らの本件建物により完全な日影となり、開口部における日照は午後二時過ぎにおいて始めて開始するが、然しこれも債務者伊藤所有の別個の建物により阻害されるので結果は一日中日照を受けない状態となる。従つて右のような状況の下における債権者斉木、同渡辺に対する日照阻害は、同人らの受忍限度を超えるものであるといわざるを得ない。

そして疎明資料によれば右債権者両名の日影被害は、本件建物を二階以下に建築制限しない限り免がれ得ないことが認められるのであるが、さりとて債務者らの受ける損害と対比するときは、このような制限を課するのは妥当ではないと判断されるので、結局右債権者らの日影被害はやむを得ないものとして、せめて高層建築より受ける圧迫感を和らげ、通風、採光等をできるだけ良い条件とすることにその解決策を見出す外はないものというべく、当裁判所は以上の諸点に諸般の事情を勘案して、債務者らが企図する本件建物は、その三階部分以上を債権者渡辺の所有家屋の外壁及び塀(その上部への延長面を含む)より1.5メートル以上離して建築するのが妥当であると判断する。

四よつて債権者鈴木、同近藤の本件申請は却下し債権者渡辺、同斉木の申請に基き債務者らの本件地上での建物建築は、債権者渡辺の所有家屋の外壁及び塀から1.5メートル以内の部分においては地上三階以上の建築を禁止することとし、主文のとおり決定する。

(安国種彦)

物件目録

一、東京都渋谷区恵比寿西一丁目八番三の一部

宅地 111.89平方メートル

一、同所  同 一丁目八番一六

宅地 119.76平方メートル

一、同所  同 一丁目八番一七

宅地 69.39平方メートル

一、同所  同 一丁目八番一八の一部

宅地 110.76平方メートル

一、同所  同 一丁目八番一九の一部

宅地 26.585平方メートル

(別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(イ)の各点を直線で結んだ線によつて囲まれた宅地438.385平方メートル)

不動産仮処分申請

〔申請の趣旨〕 一、債務者らは、別紙物件目録記載の土地上に、建築中の建築物の工事を中止して、続行してはならないとの裁判を求める。

〔申請の理由〕 一、当事者の地位

(一) 債権者渡辺於莵吉、同鈴木一成、同近藤とみは、それぞれ当事者目録記載の住所地の借地人であり、建物を所有し、債権者斎木桜子は、住所地上の建物の借家人であり、それぞれ、同建物において営業をなし、かつ家族、使用人と共に居住するものである(疎甲第一号証の一〜四)。

(二)(イ) 債務者伊藤茂及び同立野弘之は、従前より本件土地上に居住していたものであるが、同北沢建設株式会社とともに、物件目録記載の土地上に、共同して鉄筋コンクリート造店舗事務所兼共同任宅を建築しようとするものである(疎甲第一号証の五〜七)。

(ロ) 債務者ミトモ建設株式会社は、右債務者伊藤、同立野、同北沢建設との請負契約に基づき、本件建築物を設計し、その建築工事を施工するものである(疎甲第一号証の八)。

(ハ) 尚、物件目録記載の土地は、恵比寿西―八一七の土地を債務者伊藤が所有し、その余の土地は申請外伊藤房の所有するものである(疎甲第二号証の一〜五)。

二、建築計画の概要等

(一)(イ)用途 店舗、事務所兼共同住宅

(ロ)構造 鉄筋コンクリート

(ハ)種別 新築

(ニ)階数(高さ) 地上六階地下一階(地上17.85メートル)

(ホ)敷地面積 438.385平方メートル

(ヘ)建築面積 (建ぺい率) 350.611平方メートル(80.0パーセント)

(ト)延べ面積 (容積率) 2075.461平方メートル(473.4パーセント)

(二)(イ) 地域地区の指定は、商業地域、準防火地域、第五種容積地区とされており、近い将来に変更の見込みはない(疎甲第三号証)。

(ロ) 建ぺい率の制限は七〇パーセントであるが、本件建築物は、準防火地区内の耐火建築物であるので、八〇パーセントに緩和される。従つて、本件建築物の建ぺい率の充足率は100.0パーセントとなる。

(ハ) 容積率の制限は、五〇〇パーセントであるが、本件建築物の前面道路の幅員は約八メートルであるので、建築基準法第五二条によつて、四八〇パーセントに制限される。従つて、本件建築物の容積率の充足率は、98.6パーセントになる。

(ニ) 本件建築物の建築確認申請は、昭和四七年一一月一〇日渋谷区に提出され、同年一二月二二日東京都建築主事による確認(第二二三九号)が下された。債務者らは同年同月二八日に工事に着手し、現在までに一階部分のコンクリート打込が完了している。

三、本件建築物の及ぼす被害

(一) 本件建築物の配置計画は配置図(疎甲第四号証)に示されるとおりである。また本件建築物と債権者の居住する建物との位置関係は、ほぼ日照図(疎甲第五号証)に示されるとおりである。

(二) 本件建築物の完成によつて、債権者らの蒙る日照被害は、次のとおりである。

(イ) 債権者渡辺は、冬至の午前一〇時で既に建物の垂直線投影面の全部が日影となつており、一三時頃より徐々に回復し、一四時過に約半分となるが、南面開口部の日照は、一五時になつても得られない(疎甲第五号証の一)。また、春秋分においても、一四時になるまで日照妨害を受け、実質的に南面開口部から室内に差込む日射を受けることはできない(疎甲第五号証の二)。

(ロ) 債権者斎木は、冬至において一〇時三〇分頃から開口部における日照を妨げられ、一一時三〇分には投影面積の半分の日照を妨げられ、以後徐々に日影が拡大し、一二時三〇分には完全日影となり、終日回復しない。春秋分においても、一二時三〇分より開口部の日照を妨げられ、以後徐々に日影が拡大し、終日回復しない。

(ハ) 債権者鈴木は、冬至において一一時一五分より開口部の日照を妨害され、一三時頃に約半分の面積を覆われ、一四時には完全日影となり、終日回復しない。春秋分においては一二時三〇分頃より日照を妨害され始め、一三時三〇分頃に半分の面積を覆われ、終日回復しない。

(ニ) 債権者近藤は、冬至において一二時一五分頃より開口部の日照を妨げられ始め以後徐々に日影が拡大し、終日回復しない。春秋分においてもほぼ同様の被害を受ける。

(三) 債権者らの居室開口部から本件建築物に対する視角及び仰角は、左記のとおりである。

(イ) 債権者渡辺

視角一七〇度 仰角八一度

(但し、西側壁面より三メートル東方、南側壁面より二メートル北方へ後退した地上一メートルの高さの点を基点とする)

(ロ) 債権者斎木

視角一一五度 仰角(1)五一度 (2)五四度

(ハ) 債権者鈴木

視角一二三度 仰角(1)五〇度 (2)五四度

(ニ) 債権者近藤

視角 九五度 仰角(1)五〇度 (2)五四度

(但し、右三名については南面開口部中央の(1)二階床面より一メートルの点(2)一階床面より1.5メートルの点を基点とする)

四、(一)(イ) 日照、通風は、健康で快適な生活を営む上で、必要不可欠の生活利益である(最判昭四七年六月二七日判時六六九号二六頁)ところ、各債権者らは、右に記した如く、著しく日照を妨害されることが明らかであり、本件建築物が予定通り完成すると、その損害の回復は全く不可能となる。

(ロ) 天空ないし眺望も又、健康で快適な生活に必要不可欠な要素であり、それらに対する妨害は、事前の差止めによつて回避さるべき性質のものであるが(東京地決昭四八年一月一八日)、本件建築物が予定通り完成することによつて、債権者らの蒙る損害は、右に示したとおりである。この損害の程度は、御庁において差止めの決定の下された事件のいかなるものよりも大きい。

(二) 債務者らは、昭和四八年四月六日付「念書」(疎甲第六号証)によつて、電波障害、風害に対する対策及び、目隠しの設置、袖避の除去を約束したが、日照、天空等の妨害に対する対策は、一切提示せず、逆に、百名近い人夫を雇い入れ、話し合いを求める債権者らの意思を踏みにじつて、工事を強行しようとし、更に、同年同月二七日には御庁に対し、妨害排除仮処分の申請をなし、一方的に債権者らとの話し合いを打ち切り、工事を強行しようとしている。債権者らにとつて、日照、通風、天空、採光等を妨げられるおそれは極めて大きく、また切迫したものとなつておりそれらの法的利益に対する侵害は、工事の中止によつてしか回避し得ないものであるので、本件仮処分申請に及んだ次第である。

疎明方法〈省略〉

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